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December 2007

アイ・アム・レジェンド

Iam  人類がウィルスの猛威により死滅して3年が過ぎた2012年。NYでただ一人生き残ったロバート・ネビルは、AM電波でメッセージを流し生存者を待ち続けている。科学者である彼は、危険が潜む街に留まり人類を再生する研究に没頭するのだった。

 SF小説「地球最後の男」が3度目の映画化となった。原作は随分と古い作品であっても、どこか現代を見据えたような風刺的な内容が興味深いところ。今回の映画化では2012年という近い将来が舞台となり、リアルにその後の荒廃した世界が再現される。そんな世界をただ一人で生きる、ウィル・スミスの演じるネビルの孤独を楽しみ、また恐れる姿が印象的だ。もしも一人なら、全てが自由、世界は自分一人のものである。ネビルも空母の上でゴルフをして楽しみ、無人の店でショッピングとおき楽なもの。もっとも、動物たちが闊歩する街中、高度な文明社会も一人で生きては何の意味もないようだ。
 それも夜がくると一変、怯えて過ごすことになる。夜になると凶暴化した人の群れが活動しはじめる。人類は絶滅したわけではなく、人間離れした俊敏さと力をもったダーク・シーカーズへと変わっていた。映像では不気味で恐ろしい存在が際立つものの、野生動物の立場では人はこう見えるのかもしれない。この状況で一人だけ生き残れるかはさておいても、ウィルスの脅威は現実のもの。科学や医学の進歩は人類を幸福に出来るのか?ここでは癌を克服するはずの夢の新薬が開発されたことになっており、それが一変、人類を死滅させ人を襲うモンスターへと変貌させる。原作では吸血鬼に変えてしまうウィルスだったわけで、知性をもった新人類だったのだが、今作ではどこかゾンビのようにしか見えないのが惜しい。荒涼とした世界を生き抜けるのだから進化したといえるのかも。はたして生き残るのはどちらか?新人類vs旧人類の構図。とはいえ旧人類はもはや少数派であって、彼らにとってはむしろ邪魔な存在だろう。
 ネビルは地球上で一人なのか?新薬を開発できるのか?といったところがみどころ。この物語では彼は英雄的な存在となったが、伝説の男と呼ぶにはもう少しエピソードがあってもよいのではないだろうか。彼の家族への想いとかもね。ここでは災厄をもたらしたのも人であり、それを救えるのも人である。人の願望も物事の表裏のようで、立場が違えば存在も危うい。けしてSFの話ではないようだ。

ベオウルフ 呪われし勇者

Beow フローズガール王の国では、たびたび人を襲う怪物に脅かされていた。うわさを聞いて海を渡ってきた勇士ベオウルフは、怪物“グレンデル”を倒したものの、その母親の復讐により仲間を失う。そして一人戦いを挑むが、美しい姿に誘惑されることに・・・。

 数多の勇者が活躍し、神話や伝説が生まれた時代の物語。英国文学最古の英雄叙事詩を映像化した作品は、ドラゴンなども登場するファンタジーの世界が再現される。過去にも映像化されており、そのあたり、CGなどを駆使した最新の映像がみどころだろう。
 物語のほうはといえば、とりわけ感動することも無く強いメッセージも感じられなかった。若き勇者の活躍と、その後が対照的に描かれていて哀愁も感じられる。映像の影に隠れて描いた心が見えないようだ。人間であるいじょう老いは避けられぬこと。そして権力を手にしても、なお心は満たされない。若さゆえの過ちが後に自らを苦しめるという、昔話のなかにも現在に通じる人の性を見ているようだ。もっとも、人は変わっていないのかも。魔物を倒す勇者といえども内なる欲望には勝てず、グレンデルの母の誘惑に王としての地位を約束されて契約を交わした。結果として魔物との間に子をもうけてしまうという、自ら生み出した災いの種。はたして気高き勇者の姿は虚像にすぎないのか・・・。人間くささが見え隠れするあたり、風刺的に見れば英雄たちの姿は現代の世界情勢にも重なって見えてくる。意味深に思えてきたが、はたして現代の英雄たちはいかがなものだろうか?
 まあ深く考えると重い気分になってしまう。もっとも、この作品は最新の映像表現がみどころだから、ただ映像を楽しんで見てもよいのだろう。とはいっても昨今の映画とさして違いが分からないところだが、もともと3Dの作品として作られているという。そこでデジタル3Dで上映の映画館で比べて見れば、確かに効果的な映像なのだと納得である。やはり、観るならばこちらがおすすめ。迫るモンスターに、飛び交う矢、立体的で奥行きのある映像に引き込まれる。新たな表現方法に楽しみ方も増えたかもしれない。でも、ストーリーも楽しめなければ面白さは半減してしまう。その映像でどのように誘惑できるのか、今後は注目である。

ミッドナイトイーグル

Midn 戦場カメラマン西崎優二は、真冬の北アルプスで落ちる火球を目撃した。それは特殊爆弾を搭載した米軍の爆撃機“ミッドナイトイーグル”。日本政府は爆弾の回収に自衛隊の特殊部隊を派遣するものの、他国の工作員よって壊滅してしまう。

 真冬の北アルプスを舞台に、武装集団と自衛隊との攻防が繰り広げられる山岳アクション。さしずめ自然の脅威と人為的脅威のコラボレーションといったところだろう。久しぶりの山岳アクションとスケールの大きさを謳っているだけに、まあ、よく出来た映像は楽しめるはず。でもよく観ると景色は真っ白だし、登場人物は少ないのが微妙なところ。
 それはさておき、はたしてこういった事態が起こるかはわからないものの、日本の危機管理の現状を考えさせられる作品でもある。墜落した爆撃機が搭載していた特殊爆弾・・つまり核ということ、これが冬の山岳地帯で爆発したなら大規模な災害をもたらすという。しかも他国の工作員が潜入しており、これを起爆しようと企む。そんな非常事態にも、外交問題も絡んで公にすることができないあたり、日本の立場を揶揄しているようだ。現実に起きたなら、そのとき対処できるのか少々恐ろしくもある。
 物語としては、偶然か?いや必然的に出会った3人の男たちは、悪天候で孤立したまま敵と対峙することになった。守るべき者のためにそれぞれの思いを抱き敵に立ち向かう。とはいえ、守るものは何か?そのために何をするべきか?国家として、人として究極の選択を迫られる。ここでの3人は過去を引きずっているわけで、それぞれの決断はドラマとしてのみどころである。西崎は、かつて戦場カメラマンであったが、カメラでは人を救えないのだと嘆いている。しかし、その写真に触発された人たちもいる。真実を追求する新聞記者の落合に、自衛隊で一人生き残った佐伯もまた、西崎の写真に影響を受けた一人である。戦場から離れた西崎であったが、皮肉にも戦争とは無縁と思われる日本で事件に遭遇することになった。大切な人を守らなければならないとしたら、そのとき手にするのは銃だろうか。しかし、銃だけでも人は救えないのは確かだろう。この大きな矛盾が悩ましい。


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