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May 2007

パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド

Pirates3 世界制覇を目論む東インド会社のベケット卿は、深海の悪霊デイヴィ・ジョーンズを操り、海賊たちを滅ぼしにかかった。対抗するには海賊たちの結束が必要だが、その鍵をにぎるのはジャック。ウィルとエリザベスは、囚われているジャックの救出に向かう。

 ついにシリーズ完結。前作より持ち越された謎が明らかになる。もはや奇想天外なストーリーは、この世界をも超えてしまった。海賊映画というより、まるでファンタジー作品のようだ。今回ウィルたちは、肉体ごと死者の世界へと連れ去られたジャックの救出に、世界の果てを目指すことになる。決死の覚悟でたどり着くも、とうのジャックはその世界を楽しんでいるようす。いつもながら笑わせてくれる。もっとも、このシリーズはジャックの憎めないキャラが魅力である。ゆえに、これまでジャックの物語とおもっていたが、今回はエリザベスの活躍が際立っている。アクションもさらに過激に魅せて、とうとう海賊になってしまう。シリーズを通して見ればエリザベスの物語のようだ。
 そして、もう一人の海賊(?)ウィルは父親を救出できるのか?ジャックはブラック・パール号を取り戻せるのか?そこにバルボッサにベケット、ジョーンズそれぞれの思惑が絡み、少々ややこしい展開だ。ジャックの父も登場するなど、盛りだくさんの内容に少し焦点が定まらないのが気になる。それでも楽しめる作品であることに変わりはなく、アクションシーンもテンコ盛り、テンポのよい展開が退屈させない。シリーズは一応の完結を迎えたものの、微妙な余韻を残している。魅力的なキャラたちはまだ謎を秘めているようで、今後スピンオフした作品も期待できるのだろう。
 痛快なアクションが見どころのこのシリーズ、あらためて見るとキーとなるのは“自由”ではないだろうか。その象徴としての海賊たち。もっとも、海賊にも掟はあるがあくまで目安、どう使うかは委ねられている。今回、自由を愛する海賊たちは、力を合わせて勝利する。しかし、傍若無人な振る舞いと欲望にとらわれれば、呪われた海賊たちと同様だろう。自由には代償もつきまとうわけで、正しく生きるエリザベスやウィルもまたしかり。一人、自由を謳歌するジャックは魅力的であっても、コンパスの定まることはないのかもしれない。


眉山 -びざんー

Bizan 東京で働く咲子に、徳島の母が入院したと知らせがはいった。母の余命はわずかだということを知り、複雑な想いで看病を続ける。今まで聞けなかったひとつの疑問、名前さえ知らない父のことを知りたかった。母に宛てた父の手紙から、二人の人生をたどってゆく。

 シンガーソングライター・さだまさしのベストセラー小説『眉山』を映画化。徳島の眉山を望む町で“神田のお龍”といわれ慕われる、江戸っ子気質の母“龍子”と娘の愛情物語。小説では繊細な心の描写が多く、感情をどう映像化するのか見どころである。ゆえに少し伝わらない部分もあって、原作を読んで納得できたところも。どちらが良いかは好みの分かれるところだが、映画作品としての解釈もあるわけで、違いを楽しんでみるのも面白い。
 ドラマの舞台となるのは徳島県、ご当地を代表する阿波踊りがクローズアップされる。祭りという非日常のなかにあって、変わってゆくもの、変わらぬ人の想いが浮かびあがってくる。祭りを迎える街は、徐々に盛り上がり、やがてクライマックスをむかえる。最後に見せる壮大な阿波踊りのシーンには圧巻だ。そして祭りが過ぎ去った後は、何事もなかったかのように日常へと返ってゆく。その対比は、人生観や恋愛観のようでもある。
 ここでの母と娘の生き方は、どこか似ているようだ。ともに自分のペースで物事にけじめをつけてきた。男性への不信感から仕事に打ち込み、恋など興味のない咲子が、母の過去を知ったとき、その愛の大きさを知ることになる。そして実直な医師、寺澤との出会いにいたり咲子の人生は変わろうとしている。母が歩んだ道を娘が歩みはじめる。
 意味深に龍子が語るように、阿波踊りはどんな権力も関わらない祭りだという。自由奔放な男踊りに、形式美の女踊り。踊りに男女の心情を重ねあわせれば、生き方の違いも見えてくる。過去を閉じ込めて、自分の生き方を貫いてきた母の姿は、深い父への愛、そして娘への愛にたどりつく。ゆえに、娘だから聞けなかった、娘には言えなかった真実は、女としての人生観だろうか。本心は語らずとも伝わってくる。もっとも、母、龍子を理解するのは難しい。極めつけは献体というテーマに行き着くのだが、医学生の為に体をささげようとする龍子の想いは、考えればなんとも深く感じられる。

俺は、君のためにこそ死ににいく

Orewa 太平洋戦争の末期。劣勢の日本軍は、敵艦に戦闘機を体当たりさせるという特攻隊を編成した。陸軍の特攻基地となった鹿児島県の知覧、そこで軍の指定食堂を営む鳥濱トメは、若者たちに母親のように慕われている。しかし、死に行く者を、ただ見守るしかできない。

 戦後60年を過ぎ、遠い過去のように思える出来事は、いまだこの世界を揺るがしている。当時を偲べば、ひとつの物語では語りつくせない事柄に、明確な答えなど出せないものだろう。この物語は、死地へ赴く多くの若者たちを見送った、鳥濱トメさんの語った実話を基にしたもの。次々と来ては去ってゆく者に、母親のように愛情を注ぐことしかできないせつなさが、当時の時世を物語る。若者の不安や覚悟、生き残って罪の意識に苦しむ者の嘆きを、直に聞いてきた彼女が語る真実の物語である。それは、彼女をとおして知ることができる隊員たちの真の姿、もはや語ることのできない彼らの想いを代弁している。戦争を語るなら、せめて記憶にとどめておきたいエピソードだ。  
 ここで描かれるのは、隊員一人ひとりの人生。それぞれの想いを胸に戦地に赴いた、中西、坂東、田端たち隊員の出撃前、そして、その後のドラマが描かれるが、想像を超えた出来事に思える。理不尽な命令にも従うしかない時世は、恐ろしくも悲しい。しかし、終戦を迎え、激動の時代の中、悲劇を忘れるかのように、彼らの想いはどこかに置き去りにされているようだ。きれいごとで済む話ではないのだが、死んだ者たちの想いはあまりにも純粋に感じられる。彼らの残した想いを知ることが、せめてもの手向けではないだろうか。戦争を体験していない世代も、きっと過去に学ぶことができるはず。
 映像としては、当時の記録フィルムを交えた戦闘シーンなどリアルなもの。ゆえに、過剰な演出もなく悲壮な現実を映している。著者の想いも色濃く出ている作品であるが、戦争がもたらした理想と現実の狭間でおきた悲劇をどう受け止めるかは人それぞれ。それでも、彼らの想いは真実である。

ラブソングができるまで

Love もはや忘れ去られた80年代のポップスター、アレックス。彼のもとに、人気絶頂の歌姫から作曲のオファーが舞い込んだ。しかし、数日で仕上げるという厳しい条件に曲作りは難航。作詞の苦手なアレックスは、偶然居合わせた作家志望のソフィーを巻き込むことに。

 かつてのスターと、ライターを夢見る女性のラブ・コメディ。ほのぼのとした二人の掛け合いは80年代のラブストーリーのよう。ヒュー・グラントの演じる80年代のポップスター“アレックス”は、小さなイベントで昔のファンを楽しませるのが精一杯。それでもステージでは無理してしまうあたり、気持ちは昔のまま時が止まっているようだ。過去の栄光に生きている彼が、久しぶりの作曲は思うに任せないのも当然だろう。時代から外れたノリもなんのその、自信に満ちた姿がなんとも滑稽にみえる。同年代なら身につまされるかもしれない。そんな彼に曲を依頼した歌姫コーラは、エロい(?)現代のカリスマ。彼女が求める曲を作れるのか?アレックスの80年代を席巻した腰振り同様、売れっ子とかつての売れっ子の対比も面白い。
 一方、ソフィーは昔の恋を引きずったまま生きてきた。植物の世話をするため訪れたアレックスの家で、作詞の才能を見出されることになるものの、ライターとしての夢は失恋から止まったままである。そんな二人がラブソング作りに励む。戸惑いながらも曲作りとともに、二人の止まった時間が動き出している。作曲と作詞、互いに足りないものを補うように仲が深まってゆく。しかし、最後の行が完成する前に、すれ違いの喧嘩をしてしまうのはお約束か・・・。
 二人の作品はどうなるのか?未完の部分に本当の気持ちをこめるソフィーに、思いを自らの歌で伝えるアレックス。それは本物のラブソング、なにより自らの気持ちを伝えることができたのだろう。たった数日間で完成した曲でも、二人にとって人生の長い道のりが垣間見える。それは古臭いラブソングかもしれないが、素直な気持ちを歌ったもの。時代は変わっても伝わる思いは同じだろう。少々くたびれたスターが奮闘する姿がユーモラス、でも歌う姿はイケている。まだまだというポジティブな気分にさせる作品だ。

スパイダーマン3

Sp3 ピーターの伯父を殺した犯人が脱獄した。復讐心を懐くスパイダーマンに、謎の生命体が取りつき、パワーを制御できない黒いスパイダーマンへと変える。脱獄したマルコも、科学実験により肉体を砂に変えるサンドマンに変身、さらにヴェノムの登場に最大のピンチを迎える。

 ついに三部作が完結、爽快な映像が見どころの作品も見納めである。回を重ねる度に趣向をこらした演出に驚かされ、どんな映像を見せてくれるか楽しみだった。今作ではサンドマンにヴェノムといった人気キャラの登場も、コミックのイメージを壊さないのは好印象だろう。  
 もっとも、三部作とはいえ前作からはずいぶんと待たされたわけで、親友ハリーとは決着がつくのか?恋人M・Jとの関係に進展はあるのか?ずっと気にかかっていた。今回のストーリーでは、ピーターが正義の為に生きるきっかけとなった事件、叔父殺しの犯人が脱獄した。その復讐心に、スパイダーマンとしての正義の心も揺れている。そこで、興味をそそる黒いスパイダーマンの登場である。強引な展開に唸ってしまった、謎の寄生生命体がスーツに取り付いてしまったという。それによって、内に秘めた感情が増幅されるのだから、強い憎しみも含めてピーターの心が解き放たれる。そのとき強い力を発揮するものの、負の感情を制御できないのは問題だ。でも、いつもM・Jの言動には振り回されてしまうピーターが、寄生されたせいで少し悪ぶった姿を見せるのは面白いところだろう。
 しかし、復讐を遂げてもさらなる憎悪を招く、赦す心がなければ自らも救われない。そう、今回ヒーローが直面するのは、敵との戦いはもとより自身との戦いでもある。さらに、スパイダーマン&ピーターへの復讐に燃える、親友ハリーとの関係もテーマとしてかさなってくる。サンドマンにヴェノム、そしてハリーとの正統派(?)ヒーローらしい決着のつけ方に、どこか懐かしさを感じてしまった。
 これで終わりと思うと物足りないところだが、映画作品として一つのテーマでの区切りにすっきりする。ヒーロー物の作品として少し影を落としているのは気になるものの、コミックは終らないのだから、永遠のヒーローにはいつかスクリーンに帰ってきてほしいものだ。

バベル

Babe モロッコを旅する観光バスを、一発の銃弾が貫く。アメリカ人夫婦の妻スーザンが倒れた。夫のリチャードは、妻を抱えて奔走する。そのころ、夫婦の子供を預かるメキシコ人。銃の登録者である東京のヤスジロー、それぞれ問題を抱える者たちがつながる。

 聖書に登場するバベルの塔、神の怒りに触れ人類は言語を分かたれたという。テーマとして引用される“バベル”というキーワード、一発の銃弾から世界のつながり、人間同士の絆が見えてくる。舞台をモロッコ、メキシコ、日本に移し、四つのドラマが同時に進行してゆく。抽象的な表現が難解かもしれないが、観る人それぞれに解釈できるのだろう。
 物語で示されるのは国家や民族、家族同士でさえも分かり合えない現実。言葉の壁よりも心の問題だろうか、夫婦リチャードとスーザンの絆も危うい。壊れかけた絆を取り戻すべくモロッコを旅するものの、思いは通じ合えない。そんな夫婦を襲った事態にさまざまな思惑がみえてくる。言葉が通じなくとも助けようとする異国の人々、対して自分の命が心配な観光客たち。救助の遅れに国家間の思惑も見えてくる。
 そのころ子供たちは、信頼するキシコ人のアメリアに預けるものの、私用の彼女とともにメキシコへと移動していた。そこで不法入国のトラブルから砂漠をさまようことに。必死で子供たちを救った彼女に、非情な現実が突きつけられる。心だけで成り立たないのがこの世界かもしれない。
 いっぽう舞台を東京へ移し、スーザンを撃った銃の登録者ヤスジローの物語。聾唖(ろうあ)の娘チエコは、言葉の通じないなか人と関係を求めている。しかし、先走る思いだけで心は伝わらない。そして、銃を撃ったのはモロッコの羊飼いの少年であり、事件は好奇心から引き起こされた。一発の銃弾がもたらす波紋(メッセージ)は、自らの思わぬ結果を招いてしまうのだ。心が伝わらない、しかし、言葉だけでも伝わらない。相手の心が見えないことが悲劇のはじまりではないだろうか。奇しくも一発の銃弾が、彼らの心の中にある闇を明らかにしてゆく。現代の人類を分かつのは、ときに言葉を遮る銃かもしれない。まだ心が伝わるのなら、相手を思う心が唯一の希望ではないだろうか。

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