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February 2007

墨攻

Bokko 紀元前370年頃、戦乱の中国では10万の軍を率いる趙国が梁国へ攻め入ろうとしていた。梁城には住人4千のわずかな勢力。そこへ“墨家”の使者で革離という男が現れた。彼は、兵に関する全権を与えてくれれば城を守れるという。

 歴史上忽然と姿を消した伝説の集団“墨家”。戦乱の世にあって、侵略戦争を非難する「非攻」を説く平和思想の集団である。侵略を受ける国があれば、優れた戦術をもって守る。しかも無償の行為だという。遥か昔の物語ゆえに真偽はわからないが、この作品の原作は漫画ということもあり、主人公“革離”の活躍が際立つ。劣勢をたった一人で覆すあたりヒーロー物ですが、時代考証はリアルで十分に歴史物として見ることができた。
 もちろん見どころは、知恵をこらした戦術で多勢な侵略者を撃退する革離の活躍。敵軍の将も、さまざまな方法で攻略を試みるわけで、知的な駆け引きが面白い。結果として、革離は戦いに勝利するのだが、そのまま終わらないのが現実の世界なのだろう。それは、理想の思想がなぜ歴史に埋もれたのかといった答えだろうか。平和を望むのも、また私欲に奔るのも人だからか・・・。
 ここで描かれる戦国の世は、非情な世界である。侵略されれば死に等しく。戦えば 報復に対する報復となる。これでは戦いは終わらない。そして支配者にとっては墨家の思想は邪魔なもの。無償の行為は、嫉妬や疑念を招くことになる。革離が梁城の危機をせっかく救っても、王は恩を仇で返す始末。しかも圧政に奔る。これでは助けた意味も、何を守ったのかわからない。もっとも、革離の心も微妙に変化してゆくわけで、最後は大切な人を守るために戦っている。
 風刺的に見れば、遥か昔の物語が現代に重なっても見えた、世の中さほど変わっていないのだろうか。平和思想は理想かもしれないが、現代にこそしっくりとくる感じだろう。単純であっても、二千年も前に語られてなお実現できないのが歯がゆく思える。


マリー・アントワネット

Ma 政略結婚により14歳でフランス王太子妃となった“マリー・アントワネット”。宮殿での優雅な暮らしの反面、不自由なしきたりや監視の目に頭を悩ます。やがて即位、出産という変化は、彼女の生き方を変えてゆくことに。

 ときに悪女とされ、数奇な運命を辿ったマリー・アントワネット。その心にクローズアップ、一人の女性としてのマリーを、ソフィア・コッポラ監督が描き出す。そして、マリーを演じるのはキルスティン・ダンスト。劇中では幼さの残る少女から、母親となった大人の女性までを演じきる。内面の変化から、しだいに変貌してゆく姿は見事だろう。
この作品で注目は、彼女の心を描いているところだろうか。華々しい宮殿での生活も、すべてが監視され、不道理な生活を強いられることに。そこにあるのは「孤独」、自身はすでに自身のものではないという立場である。自らの意思ではなく、それは人々が望むものだったはず。もちろん政略結婚ゆえに、子を産むことが目的でもある。夫に問題があっても、世継ぎのプレッシャーは彼女に向けられる。それは、ありがちな問題に悩む普通の女性の姿かもしれない。
 そんな彼女にも転機が訪れる。18歳で即位すると、自由奔放な性格から次第に傍若無人な振舞いも目立ってくる。仮面舞踏会でフェルゼン伯爵と出会い恋をし、さらにギャンブルで浪費するなど、贅を尽くす生活を送るようになった。自身が立場であれば、そちらが理想の生き方だろう。浮世離れした暮らしに没頭することで憂さ晴らし・・・。そう思えば憎めないかも。しかし、このことが後に貧困にあえぐ国民の反感をかうわけで、最後は死を望まれることになる。なんとも皮肉な結果だろう。それでも、迫る革命の最中、逃げずに夫につき従う姿は、家庭を守る母の姿に見える。頼もしくさえ思えた。
 身分も時代も排除して、一人の女性の生き方として見れば、とても身近に感じられる。彼女は別の世界で、普通に生きた女性ではないだろうか。


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