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May 2006

ダ・ヴィンチ・コード

D ルーヴル美術館の館長が殺害された。事件の手がかりは謎のダイイングメッセージ。象徴学者のラングドンは、捜査の協力を依頼されたものの容疑者でもある。館長の孫で暗号解読官のソフィーと共にメッセージに秘められた真の意味をたどる中、警察と真犯人に追われることに・・・。

 世界的ベストセラー小説の映像化でもあり、ちまたで物議をかもしている作品ゆえにその内容には興味をそそられる。とはいえ第三者的立場で見られれば、サスペンスものの作品として楽しめる内容である。内容としてはほぼ原作どおりの筋書きといったところで、歴史を絡めて次々と謎を解くスリリングな展開は面白い。実際にある謎をモチーフにしているのだから、たんなるフィクションよりも説得力はあるのだろう。物語はノンストップの展開に、少々、謎解きも駆け足・・。歴史的な背景や主要な人物の過去など、そのあたり原作を読んでいれば理解しやすいのかもしれない。映像としては映画作品としての解釈もほしいところ、原作のイメージどおりでギャップは少ない。もっとも、ずいぶん前からの宣伝ゆえに原作を読んでもトム・ハンクスとジャン・レノの顔が浮かんでしまった・・・。観る前に読むのであれば、半分だけにしたほうが楽しめるだろう。
 物議をかもしている内容について、はたしてキリスト教を侮辱するものなのか?語り継がれる歴史は時代によっても見方は変わるもの、歴史の探求を否定してもはじまらない。かといって全てが真実とは限らないだろう。もっとも確認するすべはないのだから、何を信じるかは個々の自由。それが宗教ではないのだろうか。歴史の探求はいずれ真実を明らかにするのかもしれないが、いかなる結果をもたらすのか。本質が変わらなければ、それによって信仰が失われることもないだろう。
 それにしても、ダ・ヴィンチの絵に込められた謎。今の時代にもさまざまな憶測を呼ぶのだから、意図してのことならさぞかし愉快であろう。天才発明家の仕掛けた謎に興味は尽きない。

ジャケット

Jack 湾岸戦争から帰ったジャックは怪我の後遺症で記憶障害をもっている。ある殺人事件に巻き込まれ、精神病院で奇妙な矯正治療を受けることに。その治療中になぜか2007年へとタイムスリップしたことに気づくのだが、そこで出会った若い女性ジャッキーから、自分がすでに死亡していることを告げられる・・・。

 タイムスリップといったSFを扱いながら、恋愛や人間ドラマ、スリラーやサスペンスを織り交ぜた不思議な感覚の物語である。エイドリアン・ブロディとキーラ・ナイトレイの競演にも注目したい。物語は さまざまな要素が詰まっていて最後まで理解できない部分もあるが、SFはあくまでも小道具といったところ。ジャックの過去など思わせぶりな展開にいろいろな見方もできるが、細部にはこだわらずに観たほうがよいのかもしれない。ここでのジャケットとは拘束着のこと、そして精神病院での実験的な治療とは、拘束着を着せられ死体用のロッカーに入れられるという。やはり理由などわからないのだ。そこでジャックは何故かタイムスリップすることになるのだが、交錯する時代の中で行き来するのは湾岸戦争後の1992年、そして2007年というどこか似た時代背景でもある。やはり意味合いを考えてしまうところだが、いろいろと解釈はできそうだ。
 2007年の時代では15年前に出会った少女ジャッキーと再会する。しかし、成長した彼女は暗い人生を歩んでいるのだ。理由を知ったジャックが15年前の世界で不幸な事態を避けるよう働きかける。はたして未来は変えられたのか・・・。結果がわかっているならば物事は単純であるが、先のわからないのが人生かも。ジャックが自らの運命を変えられないのも皮肉なものだ。そう過去は変わらない。15年前の戦争が今の結果をもたらしているならば、その答えは・・・。過去を振り返ることができるのだから、せめて明るい未来を期待したいものだ。未来は決まってはいないはず。
物語としては、二人の恋の行方はどうなったのか。あいまいなエンディングに余韻を残すが、どう捉えるかは観る側しだいといったところだろう。二人のハッピーエンドであると思いたい。

ナイロビの蜂

Nilo 英国の外交官ジャスティンのもとに悲報が届いた。アフリカで救援活動を行う妻テッサの遺体が発見されたのだ。不可解な妻の足取りをたどるなか、恐るべき陰謀と彼女の愛を知ることになる。

 物語の舞台はアフリカ。貧困や飢餓、そして救援活動という今現在も続く重いテーマをなげかける。描かれるのは救援の名の下で行われている製薬会社の陰謀であり、アフリカの貧しい人々を使って新薬の実験をしているという。実際にはそんなことは無いのだろうが、随所に現実の問題も垣間見せられ、あながちフィクションとも思えない部分もある。ジャスティンは外交官として、職務を淡々と遂行するタイプだが、対してテッサは現場に飛び込み自ら行動する。えてして政府の対応に批判的であって、夫婦間で衝突することも…。テッサの救おうとしているのは目の前で助けを求める人。それも当然なのだが、政府の行う救援とは微妙に対象は違うのだ。それでもどちらが正しいなどとはいえず、それぞれが抱える課題もある。難しいジレンマだが、それが現実やりきれない思いだ。対してここで問題の製薬会社は人の命を一部の犠牲としか見ていない。大勢の死者の一部、人の命も数字でしかないのだろう。
 物語のなか、もうひとつ描かれているのは夫婦の愛である。妻の死の真相を探り始めたジャスティンは、事件の裏に潜む世界的陰謀を知ることに。はじめは妻の不可解な足取りに疑念をいだいていたジャスティンだったが、訪れたさきで真実を目の当たりにする。そして妻の自身への愛を思い知らされ、やがて妻の意思をついで行動を起こすことに。しかし、相手は世界的企業と政府内の権力者、命がけの行動になる。妻の殺害された地にたどり着いたジャスティン。なにもない大地に見たものは妻の深い愛情であったのか・・。それならばジャスティンには生きてほしいものだが、少々切ないエンディングである。
 一つの命、存在を消すことはたやすいが、知る者にとってかけがえのないもの。一人の行動が波紋を広げるのだから、存在は軽視できない。広大な大地のなかで一人の存在は小さいが、その心は大きなものに見える。


アンジェラ

Ang 人生に行き詰まり、セーヌ川へ身投げをするつもりだったアンドレ。ところが同じく居合わせた美女が、彼より先に川にダイブしてしまう。とっさに飛び込み助けることとなった。彼女は彼を導くために遣わされた天使だというが・・・。

 借金の返済を迫られ行き詰った、見た目も冴えない男“アンドレ”。騙されやすく、他人を愛せず、愛されない人生から自分にも自信が持てないのだ。そんなダメ男の再生ストーリーである。一方、身投げした美女“アンジェラ”は自らを天使だという。それにしては娼婦のいでたちに性格は暴力的、ヘビースモーカーでとても天使には見えない。そして、なぜ身投げをしたのか?自分には過去がないという。死ぬことはないはずだが天使ゆえの悩みなのだろうか。天使との恋、地上に降りた天使のストーリーはこれまでにもあるが、映像はモノクロ調のためか二人のやりとりだけが強調されているようだ。明日には殺されているかもしれない未来の無い男と、過去の思い出が無い女、性格も身長もすべてが対照的な二人の出会いは面白い。それは悲劇的なストーリーでもなく、現代のおとぎ話のようだ。
 物語のなかアンジェラは本当に天使なのか?といったところも気になるが、二人の恋の行方はどうなるのか・・・。それは核心部分なので伏せておくが、いまひとつヒネリの効いたエンディングも見たい気がする。アンドレを立ち直らせる任務が完了したとき、天上界に帰れるという何処かで観た展開でもあるが・・・。やがて自分を愛すること、他人を愛することを学んで変わってゆくアンドレ。未来をすべて予見して悲しむアンジェラに、「二人で未来をつくろう」という泣かせるセリフまで。
 今現在は過去となり、先の見えないのが未来である。改めて「人生とはこういうもの」と示されているようだ。ラヴ・ストーリーとしては、たった1日の出来事に少々うまくゆきすぎだが、それは天使の力だったのか・・・。ありのままのアンドレであったと思いたい、奇跡でもなんでもないのだろう。いずれにしてもアンジェラはアンドレにとっての天使に違いはない。

ブロークン・フラワーズ

Broken 事業で成功し独身貴族を気取ったドン・ジョンストン。しかし、かつてのプレイボーイも少々さえない中年男となっていた。そんな彼に、19歳になる息子の存在を知らせる差出人不明の手紙が届く。友人に勧められるまま、かつて交際していた女性たちを訪ねる旅に出たが・・・。

 人生いつまでも同じ生活が続くわけは無く。振り返れば、どこか反省することもあるはず。本当は気づいているはずの人生の“if・・”。それでも変われないのが人生なのだろうか?他人事にも思えず、笑いとともに切ない物語である。
 主演はボブ・マーレー、少し素敵な、そして少々情けない感じの中年男を演じている。ここでのドン・ジョンソンならぬドン・ジョンストンも恋多き人生であるが、人生半ばを過ぎても家庭を持とうとしない。一緒に暮らしていた恋人も、彼に愛想を尽かし去ってしまった。これまでもこの展開を繰り返していたに違いないが、もはや勝手は違うのだ。自分では昔と変わらないつもりでも、傍から見ればすでに“年老いたドン ファン(女たらし)”なのである。言われても素直に反省できないのもまた性なのだろうか。物語は、そんな彼がかつての恋人たちを訪ねる旅に出るのだが、手がかりはピンクの便箋に赤いタイプライターの文字。探ってみても、女性たちの趣向は皆同じ・・。決め手は無く、皆、思わせぶりなのは面白い。つまり彼の女性の趣向も同じであったということである。そして訪ねたさき、彼女たちは家庭を持っているのだが、その人生はうまくいっているのかいないのか?それぞれの人生を歩んでいるが、多少の問題も抱えているようだ。でも、それは彼の元を去っていった彼女たちの選択である。これもまた人生なのだろう。変わっていない(心だけ?)のはドンだけかもしれない。それにしても、なにゆえに息子の存在が気になったのか?振り返れば何も残らない人生に気がついたのだろうか。結局、過去を詮索しても過ぎ去った時間を実感したに違いない。取り戻すことなどできないのだ。しかし大切なのは将来のこと。これからの人生なのだろう。変わること、変えることはできるはず。ドンにとっても、彼女たちにとっても・・


ニュー・ワールド

Nw 17世紀初頭、新大陸にやってきた英国人入植者の一団は砦を築き始める。しかし、そこは先住民が暮らす地、交渉の為スミス大尉が向かうが、たちまち捕らわれることとなった。王の娘に命を救われ、村人とふれあうなか自らの行為に疑問を抱くことに。しかし開拓者たちと先住民との対立は激しくなってゆく・・。

 新たな航路と大陸での富みを夢見た時代。さまざまな作品のモデルにもなっているアメリカの伝説をもとに、文明の衝突と、新たな世界へと旅立つ男女の愛を絡めたストーリーである。舞台となるのは17世紀初頭の未開の地であるアメリカ。開拓といってはきれい事に聞こえるが、それは英国人の立場でしかなく、そこに生きる先住民にとっては侵略でしかない現実がある。歴史の中の一場面のようだが、それは今も繰り返されているのかもしれない。注目は当時のヴァージニアを再現したその映像、美しく雄大な自然が神秘的に映る。場所は違っても、それは今も残る自然なのだから大切にしたいものだ。そしてそこに生きる先住民たち、荒々しい外見とは違いその心は自然で無垢なもの。王の娘ポカホンタスもその一人だが、好奇心は強い。対照に見えるのは入植者たちの行為である。開拓の名の下に自然を破壊し黄金をもとめる。果ては嫉妬や疑念の渦巻く人間関係から、互いに傷つけあう始末。スミスもそんな一人であったが疑問を抱くことに。社会のなかではよくあることだが、それらも雄大な自然のまえには意味の無いものに映る。
 立場をかえてみてみると、先住民にとって別の文化を拒絶することは正しいのか・・・。この物語のなか互いの生き方を体験することとなったスミス、そして英国式の生活を学ぶポカホンタス。そこには男女の愛が絡むが、「互いを理解すること」それがはじまりではないのだろうか。愛するがゆえに去ってしまうスミス。愛するがゆえに新たな世界へと飛び込むポカホンタス。それは優しさなのか・・・複雑な思いが交錯してラブストーリーとしては深い。そしてその結末は・・・。
 恋の行方も気なるが、長く伝えられる伝説としてはそれだけではないのだろう。新たな世界へと踏み出すには勇気が必要だが、文明の衝突と対比して描かれるのは心の交わり。人種も文化も超えて理解しあえるならば、それは理想の世界だろう。開拓すべきニュー・ワールドは心の中にあるのかもしれない。

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