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August 2005

奥さまは魔女

bewitched いまや落ち目のスター俳優であるジャックは、TⅤドラマ“奥さまは魔女”のリメイクに自分を引き立てる女優として素人のイザベルをスカウトした。しかし彼女は、普通の恋に憧れて人間界に来た本物の魔女であった。ドラマと現実が交錯する中、二人は恋に堕ちるが・・

 かつての人気TVドラマ“奥さまは魔女”をリメイクするというシチュエーションを描いたラブコメ作品である。面白いのは昔のドラマのイメージはそのままに、平行した世界として現在に置き換えたところであろうか。サマンサ役のイザベルをニコール・キッドマンが演じるが、存在感があってコメディーもお手の物といった感じだ。いつもとはイメージの違う彼女を見ることができる。そしてドラマの母親役シャーリー・マクレーンや実の父親役マイケル・ケインが脇を固めていて、大物俳優のつぼを押さえた演技がアクセントになっている。昔に見たTVドラマは、子供のころであったから今ひとつ面白さは感じなかったのだが、今思えば夫婦の間の現実的な話題や問題が取り上げられていたのだと納得。そして、今回の映画作品ではドラマの制作現場や舞台裏が描かれていて、違った角度から見ることができるのも面白いものだ。もちろん現代の作品だけに映像表現など凝っていて、イザベルの使う魔法は楽しめる部分である。
 はたして、この作品が描いたのは何だったのか・・。単なるリメイクではないラブコメというところなのか? 二人の恋が成就するまでに、もうひと波乱あるなら印象もまた違うのだろう。盛り上がりに欠けるが原作へのリスペクトだろうか、大げさ過ぎないのがこの作品ならでわ。そして主役の二人を見てみれば、魔女であるイザベルは願えば何でも手に入れられるはずだが普通の生活に憧れる。対してジャックは、かつてのスター俳優としての地位を取り戻そうとして必死。それは相反する想いだがうまくかみ合ってしまうあたり、現実にありそうな不思議な恋のめぐり合わせだろう。そして当然、気持ちはすれ違う。魔女である自身を受け入れてほしいイザベルと、秘密を知って離れてしまうジャック。互いに離れて気が付く大切なものとは・・・。二人が求めたのはドラマのような生活。それが二人にとっての理想であって、本当の自分であったということなのだろう。偽らない姿は観る側にとっても理想の夫婦像かもしれない。“奥さまは魔女”というより”奥さま”になるまでを描いた作品だが、ほのぼのとしたアメリカンなラブストーリーである。

電車男

denshaotoko 女性とは縁のないオタク青年(山田孝之)は、電車内で酔っ払いに絡まれた女性(中谷美紀)を助けることとなる。お礼にティーカップを贈られたが、どうしたらよいか分からない彼はもてない男性の集うインターネット掲示板に助けを求めた。はたして恋の行方は・・

 こんなことがありえるのか?人の出会いとは時にフィクションを超えたエピソードをつくるものだ。オタク青年の小さな勇気がその後の人生を変える。それはネット社会が生み出した現代のおとぎ話のようでもある。映画作品としての出来すぎたところはあるにせよ、実話が基になっているのだから世の男性諸氏に夢を与えてくれる。
 そして最初のデート、ネットの“名無しさん”達のアドバイスにより変身した彼は見違えるほど・・。山田孝之ではイケメンすぎる気もするが、オタクに見えないのがミソであろうか。実際のところ外見は変わっても本人には違いがないわけで、ぎこちなさのギャップが面白い。言葉にならない思いが伝わってきて、おもわず応援したくなるものだ。しかし、この映画作品としてのメインの部分なのだろう。自身を偽ること、隠すことの辛さも伝わってくる。決して背伸びしてもうまくいくわけではなく、理想の自分を演じてみてもそれは自分とは違うもの・・。その対にあるネットの中の虚像、それが本来の自分であるというのは不思議な感じがする。そう、必要なのは相手を思う気持ちであるということ。それゆえに劇中では最後に素の自分をさらけだしている。秋葉原での告白ではジャケットも脱ぎ捨て、しかしその下にはいつものTシャツ(百式)を着ているのには笑ってしまえるが・・・。決して外見でもなく、つり合わないとかではなく、好きになるってことは、もう気持ちがすべてだということ・・純愛ってやつですかね。そして、応援していたネットの名無しさん達もいつしか勇気をもらって変わってゆく。きれいにまとまっていて、ちょっといい話になっている。それはでき過ぎだが、ひとつの勇気が大きなムーブメントを起こしたのは確かだろう。パラレルワールドとしてのネットの存在を大きく感じた瞬間である。ノシ

亡国のイージス

aegis  最新のイージスシステムを搭載した護衛艦“いそかぜ”は、テロリストと共謀した一部の乗員たちによって占拠されてしまった。彼らは都市を壊滅させる威力をもった新兵器によって東京を人質に、到底受け入れられない要求を突きつけた。他の乗員と共に離艦をさせられた先任伍長の仙石は、艦を奪還すべく単身乗り込んでゆく・・・。

 福井晴敏 原作の小説を映画化したものであるが、ハリウッドのスタッフを迎えての映像化であり、テンポのよさと音楽による効果的な演出が新鮮だ。さらに実在のイージス艦を舞台に繰り広げられるドラマはリアルなもので、自衛隊の実情も垣間見える。これまで戦艦などを舞台にした作品は多いが、単なるドンパチや、人間ドラマだけ、はたまた自衛隊の広報では・・といったものまであるが、このあたりのバランスが絶妙だ。娯楽作として十分楽しめるし、作品のメッセージは難解に思えるが伝わるものはある。訴えかけてくるのは主要な登場人物である仙石(真田広之)、如月(勝地 涼)、宮津(寺尾聡)、工作員ヨンファ(中井貴一)それぞれの思いだろう。しかし、命がけの行動の裏にある思いはどうも伝わらない。ときおり挿入されている断片的なカットだけでは理解できないのだろう。映像化する難しさかもしれないが、丁寧に描いてほしいものだ。物足りない部分は原作を読むとよく分かるのだが、仙石と如月を結びつける絵画を通した心の交流も意味深なのである。そうでなければ仙石が艦に戻った理由もみつからないだろう。
 イージスとは無敵の盾の意味だが、平和に暮らせる世界では見過ごされてきた、見ないようにしてきた現実の重さがある。専守防衛とは・・、守りに徹すること、しかし先に撃たなければ撃たれてしまう現実を戦闘シーンで見せ付ける。そして、躊躇なく任務を遂行しようとする如月に「それでも撃つ前に考えるだろう。」そう言い放つ仙石の言葉には、矛盾した理念と理想が交錯する。はたして日本は国としての在りようを無くしているのか?守るに値しないのか?そんなはずはないと思いたい。守るべきは人であり、“無敵の盾”それを使うのもまた人なのだから。 

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