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June 2005

バットマン ビギンズ

batman_begi 眼前で両親を殺された過去のトラウマから、ブルース・ウェインは心の中に残る恐怖、人の内にある悪の正体を求めて旅にでていた。やがて長い修行の中、恐怖の正体を知り悪と対決する決意に目覚める。悪のはびこるゴッサムシティーを救う為、自身にとっても恐怖の象徴である“コウモリ”の姿で戦う。
 
 久しぶりの新作となったこの作品では、過去の作品以前、ブルース・ウェインがバットマンとして戦うまでが描かれていた。これまで断片的にしか描かれてこなかった過去の出来事が明らかになり、戦う目的も明確でヒーローとしてよりリアルな存在に見える。リアルさと言えば、ここで描かれる世界は以前のティム・バートンのダークな世界とも、ジョエル・シューマッカーの描いたコメディー調の世界とも違う世界である。前作まではどこかパラレルワールドのような何でもありのゴッサムシティーであったが、今作ではより現実の世界に近い描かれかただ。さらにバットマンの能力も扱う武器も、科学的な裏付けによって説明されていて不思議と納得できる。つまりブルースは普通の人間なのである。そしてトラウマを引きずるだけではなく、正義を貫こうとする意思が見えてヒーローとして率直にカッコイイと思えた。
 バットマンといえばその豪華なキャストも注目だが、敵役でありブルースを戦いへと導く秘密結社のボス“デュカード”をリーアム・ニーソンが演じる。悪役でも強い存在感があって作品が締まって見える。これまでのバットマンにはないキャラクターであり、リアルな世界を印象付けている。そのあたり日本代表(?)渡辺謙にも期待していたのだが、実際のところあまり画面に出ていないではないか。ブルースとの戦いは必見だが・・・
その他、モーガン・フリーマンやマイケル・ケインなど大物俳優がこぞって出演しているのは面白い。一つ間違えれば子供だましになりかねないこの手の作品だが、大人が真面目に演じて、そして観られるのだから、原作コミックの影響はかなり偉大である。今作のバットマンは描かれるテーマもはっきりとして見ていて痛快だが、昨今のヒーローと同じくコミックから抜け出し、活躍の場、表現の場を得た現代のヒーローなのだろう。今後シリーズ化するのであれば、リアルな路線とコミックの世界との調和をどうするのかといった部分が気になるが、新生バットマンの活躍は楽しみである。

戦国自衛隊1549

sengoku_1549 陸上自衛隊で磁場シールドの実験中に事故が発生、的場(鹿賀丈史)率いる実験部隊が、460年前の戦国時代にタイムスリップしてしまった。それから2年、的場の元部下であった鹿島(江口洋介)は救出のため再度タイムスリップを敢行するが、制限時間は74時間。しかし、鹿島達を待ち受けていたのは戦国の世を支配しようと企む的場であった。
 
 1979年のヒット作「戦国自衛隊」を、今注目される作家 福井晴敏の原作でリメークした作品である。それゆえシチュエーション意外は全く別の作品となっている。かなり昔の作品である前作と比べると、時代の違いであり、自衛隊に対する意味合いの違いも感じられる。タイムスリップという非現実的な出来事にたいする説明は、現代の作品らしくつじつまがあわされている。このあたりいい加減では、その後のストーリーも興醒めしてしまうところであろう。自衛隊については、何の為に戦うのか?護るべきものとは?といった今だからこそ語れるテーマである。それは、的場V.S鹿島の戦いを通しての日本再生のシナリオであって、「ローレライ」「亡国のイージス」にも共通した現代に生きる日本人への警鐘である。しかし、表に出すぎたメッセージは鼻に付き、単に娯楽作としてみるにはクドイかもしれない。過去の作品とは少し趣きは違うのである。
ストーリーはタイムスリップ物(?)としてひねっている部分もあり、そこを面白いと観るかは人それぞれだが、ドラマとしては物足りない。的場と神埼(鈴木京香)との関係、濃姫(綾瀬はるか)と七兵衛(北村一樹)との間にもドラマがほしいところである。
そしてこの作品の見どころである映像は、自衛隊の全面協力による撮影とのこと、実物の戦車などを使っての撮影ゆえにリアルさは申しぶんない。それはよいのだが、それだけで終ってはミリタリーファンには物足りないところであろう。これらは動いてこそ意味がある。派手な戦闘シーンを期待するところだが、やはりスケール感が不足しているようだ。こういったところでこそ、現代でしかできないCGを使って欲しいと思える。
それにしてもタイムスリップを題材にした作品は数あるが、日本人にとって自衛隊そして戦国時代とは、どこか心を捉えるものがある。さまざまな年代が見られる作品であるから、テーマも重要だが痛快な娯楽作も見てみたい。

サハラ 死の砂漠を脱出せよ

sahara 米国特殊機関NUMAのエージェントであるダーク・ピットは、南北戦争時代に財宝と共に消えた甲鉄艦テキサスがアフリカの地に眠っていると確信した。一方、WHOのエヴァ・ロハス博士は謎の疫病を調査中、何者かの妨害を受けダークに救われることとなる。かくして目的の地が同じ二人は行動を共にするが・・。

 クライブ・カッスラーの冒険小説“ダーク・ピット”シリーズ「死のサハラを脱出せよ」の映画化である。トレジャーハンターであるダーク・ピットを演じるのはマシュー・マコノヒー。ワイルドでありユーモアをもったキャラクターを好演している。さらに注目はヒロインのエヴァを演じるペネロペ・クルスであり、アクション映画として意外なキャストだが十分に存在感がある。そしてダークの相棒アル(スティーブ・ザーン)もお笑い担当といったところで、絶妙なコンビぶりを魅せている。このキャラクターがあっての作品であり、独特の雰囲気をかもし出している。
 それにしてもアクション映画は数あるが、この作品は久しぶりに痛快な活劇を見た気がした。画としてはもっと驚きのある映像も期待するところだが、砂漠をメインに陸、海、空(?)とテンポよく繰り出されるアクションにただただ見入ってしまう。ここでは難しいテーマも理屈もいらないし、程よい緊張感で楽しめた。そうはいっても環境汚染といったテーマが盛り込まれ、砂漠の映像とあいまって伝わるものはある。原作は人気シリーズらしいが、読んだことが無い為か設定が把握できなかった。今作はもっとも人気の11作目とのことだが、登場人物などの説明が省かれているようで少々戸惑うかもしれない。そもそも特殊機関NUMAとは何?ダーク・ピットは何者?というところを思ってしまった。結局最後までよくわからないのだが。単なるトレジャーハンターでもないようで、NUMAの提督はCIAとも関係があるみたいだし・・・。小説は16作もあるのだから、シリーズ化してそのあたりを説明してほしいものだ。このところ痛快な冒険物の作品は少なかっただけに、新たなヒーローの登場は楽しみである。気楽に観れる、たまにはこういう作品があってもよいのだろう。

ホステージ

hostage LA市警の敏腕交渉人であったジェフ(ブルース・ウィリス)は、任務の失敗から心に傷を負い、現在では小さな町の警察署長に就いていた。しかし、静かなはずのこの町でホステージ(人質事件)が発生。さらに、自身も妻子が誘拐されてしまった。二つの事件が交錯するが、ジェフの決断は・・・・
 
 ブルース・ウィリスが演じるのは、過去の失敗を引きずる警官である。自信を無くし家族との絆も危うい状態というのはよくある話で、アイデンティティーを取り戻すまでを描いたストーリーである。面白いのは、難攻不落の要塞と化した最新のセキュリティーハウスが舞台であること。(それにしても犯人は簡単に侵入してしまったが・・・)そして、同時進行の二つの人質事件が関わってくるなど、いくつもの要素が絡んだ作品である。原作はロバート・クレイスのベストセラー小説であり、登場人物も多岐に渡るらしいのだが、本来のテーマとしてはすべての人は何らかに囚われているようなもの、ということなのだろう。
本作では交渉人ジェフのストーリーに絞られ、家族の絆や自身を取り戻すといったところがメインに描かれる。劇中では犯人の若者達や、人質の会計士と子供達のドラマも垣間見えるのは原作で描かれている部分なのだろう。何か伝えるものがあるのかと思えるが、結局曖昧なままのようで物足りない。最後はパニック映画のようでもある。そしてジェフのストーリーにもどこか物足りなさを感じた。たしかに、ダイ・ハード張りの活躍をしたり、建物内に隠れた少年とのやり取りなど個々の場面は面白い。どこか過去の作品を思い起こしてしまうところかもしれない。しかし、作品が示した家族愛、交渉人としてのアイデンティティーを取り戻すといったところでは、ジェフの家族が捕らわれている緊迫感はあまり伝わってこない。少々物語は軸から外れているように感じるのは気のせいだろうか。もう少し深いドラマを期待するところである。最後は爆破、炎上、銃撃戦と久しぶりのアクションを魅せたブルース・ウィリス、まだまだ健在であり次回作「ダイ・ハード4.0」への期待も大きくなる。

機動戦士Zガンダム/星を継ぐ者

z_gundam  連邦軍の勝利に終った一年戦争。それから7年が経過した宇宙世紀0087。一時の平和に連邦政府は腐敗し、統制を失った連邦軍はエリート部隊「ティターンズ」によるスペースノイドへの弾圧にいたる。軍を二分する抗争は再び戦争へと拡大して行く・・・。

 すでに20年も前のTV作品であって、もはや世代を超えた作品でもある。それでも、いまだに色あせないのはアニメの枠を超えたドラマやメッセージゆえだろうか。「ガンダム」の正統な続編でもあり、内容はシリアスで子供向けとは言いがたい作品であった。今作はタイトルにもあるがA New Translation(新訳)とのこと、どう解釈されるのか興味深い。初代ガンダムも3部作の劇場版が作られたが、TV版とはまた違った印象であった。悲惨な戦争の側面と少年達を通して示された未来をどう表現するのか・・・。まぁ、理屈は抜きに懐かしい作品を楽しみたい。しかし、もとが50話に及ぶTVシリーズゆえに足早な展開である。もともと複雑な設定でもあり、初めて見るには物語の流れが掴みにくいのではないだろうか。淡々とした展開に、主人公であるカミーユの存在が薄いようだ。主人公とは別の視点で描かれているように感じるが、シャアとアムロの再会が今作の意味するところだろうか。序章ということかもしれないが、新訳の意味するところはまだ示されていない。新たな意味付けは3部作を観なければ明らかにはならないのだろう。
 気になるのは、その映像自体には20年の歳月を感じるところである。もとがTVの映像ゆえに劇場で見るには荒さが目に付く。昨今のアニメ映画と比較するまでもない。一応デジタル処理されているらしいが、それはエイジングという手の込んだ処理を行っていて、一部の映像をグレードアップしていたり、セリフも挿し替えているとのこと。何気に観ていると気が付かないところでもあるが、夢中で見ていた世代にはたまらない部分でもある。そこまで手のこんだことするくらいなら、新規に作ってしまえばいいのにと思ってしまうのだが・・・・。原作への敬意をはらってそれはよしとして。この作品が3部作でどんな答えを示すのか気になる。

ミリオンダラー・ベイビー

md_baby 経営の振るわないボクシングジムのオーナーだが、優秀なボクサーを育ててきたトレーナーであるフランキー(クリント・イーストウッド)。ある日、マギー(ヒラリー・スワンク)という女性にトレーナーになることを依頼される。まったく相手にしていなかったが、熱意に打たれ引き受けることに。やがてタイトルマッチへと上り詰めたが・・・

 クリント・イーストウッドが自ら初老のトレーナーを演じ、監督を手がけた作品である。脇役のモーガン・フリーマンも語り部としての視点で物語に深みをだしている。はじめはスポコン物の女性版ロッキーかと思っていたのだが、意外にも重いテーマを投げかける作品であった。それは、たんに栄光を掴むストーリーではなく、心に傷を持った者同士の深い絆を描いたドラマである。娘とは疎遠なフランキー。そして、父親を亡くし家族との絆も破綻したマギー。いつしかこの二人が家族以上の愛情、絆を育んでいく。それゆえに辛い決断をせまられることになるのは、人生に付きまとう影の部分であろうか。たしかに前半は小気味よいストーリーであり、試合に勝ち続けるマギーの姿は見ていて爽快なところだ。30歳を過ぎ、決して若くはないボクサーが夢を実現して行く様はおもわず応援したくなる。しかし、物語の後半では対照的にいつか訪れるであろう挫折、それ以上の苦しみが表現されている。家族愛、人の尊厳、生きる意味、さまざまなテーマを投げかけているようで重く心にのしかかる。観終わっても感動というより、しばし呆然としてしまった。
 劇中のボクシングの試合シーンも痛みが伝わってくる映像である。しかし、物語後半の痛みは心の痛み、これは人にとって耐え難い苦しみであろう。毎日、教会に通いながらも牧師に毒づいていたフランキー。彼の問いかけは世の中の不条理であり救われない想いからか。フランキーが絶品のレモンパイに舌鼓をうって「このまま死んでもいい」と言うセリフにもあるが、想いを端的に表しているようだ。ラストのシーンも意味深であるが・・。失敗を恐れては先へは進めない。しかし、結果は誰にも判らない。精一杯生きることとは・・・。どこか達観しているスクラップ(モーガン・フリーマン)のような生き方がもう一つの答えのようにもみえる。

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