December 2016
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

Recent Trackbacks

Categories

  • HOBBY
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌

« March 2005 | Main | May 2005 »

April 2005

Shall we Dance?

shall_we_dance ジョン(リチャード・ギア)は、遺言作成専門の弁護士である。幸せであるが、仕事場と家の往復を繰り返す毎日にどこか空しさも感じていた。ある日、電車の窓から外を眺めていた彼は、ダンス教室の窓辺に立つ一人の女性に目をとめる。彼女に惹かれ、そのダンス教室を訪ねてみるが・・。
 96年に日本でヒットした周防正行 監督「Shall we ダンス?」のリメーク作品であり、ストーリーはほぼ原作通りの内容である。それゆえに登場人物を原作に照らし合わせてみれば、微妙なイメージのダブりかたが面白く、同じセリフやシーンを比較してみてもお国柄がでていて楽しめる部分である。しかし、同時に文化の違いとゆうものを感じてしまう。原作は、ダンスに馴染みのない日本ならでわの作品であったということである。平凡で冴えないサラリーマンがダンスに夢中になってゆく姿を描いたものであり、中年男の悲哀を感じるのだが・・。それと較べて、この作品の主人公ジョンは弁護士であり、満ち足りた生活を送る男である。妻もまたアメリカ的な感じのキャリアウーマンだったりするわけで、けして冷めた夫婦に見えない。まあ、心の中にどこか空しさを持っているのは同じであるが、リチャード・ギアの演じる主人公はちょっとかっこよすぎるし、ダンスが似合いすぎる。そのあたり、男の立場として同調しかねるのは日本人の目から観た印象だからか? ダンスもイメージにある社交ダンスとはノリが違う。ダンスとDanceの違いなのか、アメリカンなノリは明るく軽い。
 ハリウッドでのリメークで期待するのは映像である。さすがに華やかで、豪華なキャストで見せつけられる。ただし、エンディングのシーンは意味合いもまた違っている。原作同様に切ないラブストーリーを期待していたのだが、家族観の違いみたいなものがあらわれている。妻であるビヴァリー(スーザン・サランドン)の存在感は大きく、最後まで重要な役回りを演じるが、それはこの作品が家族愛をテーマにしているということだろう。そうなると、ヒロインであるダンス教師ポリーナ(ジェニファー・ロペス)の役回りは何なのか?彼女のエピソードが薄いのは少々心残りである。テーマとして似て異なる作品になっているが、ダンスの楽しさを伝えるのは同じであった。

コンスタンティン

constantine タバコの吸いすぎで余命1年と宣告されたジョン・コンスタンティン。エクソシストである彼は、持ち前の能力で悪魔たちと戦う。しかし、過去に犯した自殺の罪によって地獄行きが決まっており、救済を求めての悪魔祓いである。

 エクソシストでありながら、神にも悪魔の側にも属さず言動も反抗的。そんなダークなヒーローを演じるのはキアヌ・リーブス。マトリックスで強烈な印象を残しているだけに、新たなキャラをどう表現するか注目される。ネオに少し被る部分もあるが、世界を救うことなど思ってもいない、クールで利己的なコンスタンティン。それでも結果として世界の危機を救うあたり、ちょっと危険な今風のヒーローである。そして、悪魔との戦いでは様々な武器を駆使するのは新鮮で、独特な世界を醸しだしている。こういった作品では幻想的な映像を期待するところだが、映像としては少し甘い部分も目に付いた。もちろんCGを駆使して映像化した悪魔との戦いや、地獄の描写は十分に楽しめる。しかし、それらに比べて登場する天使や悪魔の姿はあまりにもお粗末。良く言えば人間的に描かれているのだが・・。
もっとも、ここで描かれる世界は天国と地獄、天使と悪魔が身近に存在する世界なのだから、それもありかもしれない。半分悪魔や、半分天使のハーフブリードなる存在がいて、中立地帯があるなんて設定も何処か風刺的。天国と地獄の狭間である人間界ということだが、現実の世界そのものに見えなくもない。そして、劇中のキーアイテムとして“ロンギヌスの槍”その他いくつかの宗教的意味合いのあるアイテムも登場しているが、謎を深めるだけで答えは見つからない。このあたり、マトリックスにも似てさまざまな解釈はできそうである。
 この作品の原作はコミックであるが、ストーリーはいくつかのエピソードを掻い摘んだ印象であり、脇役や世界観について理解するには物足りなさものこる。さらに、主人公コンスタンティンについても謎を残したままでスッキリしないところである。いずれ続編が作られるのだろうか。もはや善悪だけでは表現できないこの世界と、無欲なヒーローが意味するところはなんなのか。宗教的なテーマになるとはっきりとした答えを見出せないのは常である。娯楽作品として見たほうがよいかもしれない。

エターナル・サンシャイン

eternal_sunshine 恋人が自分との思い出をすべて消し去った・・・。この事実に傷ついたジョエル(ジム・キャリー)は、自らも彼女の記憶を消そうと記憶除去を受けるが、記憶をたどり一つずつ消えてゆく思い出の中で、失いたくない大切なものだったことに気づく。

 嫌な思い出を消すことができたら・・・。そんなifの世界を描いたラブストーリーである。記憶を消すという小道具はSFの世界によくある話だが、それ以外はごく普通のラブストーリーである。「マルコヴィッチの穴」の脚本家チャーリー・カウフマンと、MUSIC VIDEOの監督で知られるミシェル・ゴンドリーによる作品であり、ひねりの効いたストーリーと映像は何とも幻想的に映る。キャストはコメディー以外でも存在感のあるジム・キャリーが内向的な青年を、サイケな役を演じるのはケイト・ウィンスレットである。どちらも意外な役柄だが、対照的な二人がうまくかみ合って大人のラブストーリーを表現する。さらに、脇役のイライジャ・ウッドやキルステン・ダンストのストーリーも絡んで様々な思いが交錯している。話の流れとしては意味があるのだが何処か邪魔な感じもした。そして斬新といえるのが、すべてが断片的なシーンによって構成されている点である。しかし、二人が別れた前後が交錯して時間軸が分かりにくく、さらに記憶の中の世界も交錯して混乱してしまう。理解するのに困惑したが、後から組み立てるとひねりの効いた知的なパズルのようにおもえる。この時間軸を理解するには、クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)の髪の色がヒントにはなるが、もう少し分かりやすいヒントを出して欲しいものだ。このあたり理解して見れば、冒頭からの二人の台詞やシーンは意味深でより楽しめるはず。そして今ひとつストーリーを分かりにくくしているのは、核心部分が後半にしか出てこないところだろう。それは消してしまいたい恋人の記憶、いや、自身の認めたくない欠点ではないだろうか。でも互いに嫌な思いを消してしまえば済むものではない。間違いをリセットできたとしても、正すことはできないのだから。
 それにしても記憶除去といったアイテムや、記憶を旅するストーリーを交えながら、ラブストーリーとして破綻しないのは脚本のよさなのか。けして小奇麗な純愛ではないし、よくある話といったところだが、愛する心、真直ぐな思いは何とも心地よい。

アビエイター

aviator 1927年、石油掘削機で巨万の富を得た父親の遺産を、ハワード・ヒューズは若くして受け継ぐ。しかし、彼が情熱を傾けるのは本業ではなく、映画製作と航空機産業であった。
 映画と航空機業界に革命をもたらした実在の人物であるハワード・ヒューズ。伝説的な、そして謎を秘めた人物像をレオナルド・ディカプリオが熱演している。さまざまな顔を持つ彼をどう表現するか見どころであるが、若きハワードのハリウッドでの華やかな一面、そして航空機業界での偉業の数々を描いている。映像としては、H-1レーサー機での速度記録挑戦や、自ら監督した航空アクション映画『地獄の天使』の空中戦など、動的な映像は爽快な部分である。それにしても、実在のハワードは今でこそ可能な映像を、当時から妥協せずに作っていたのだから恐れ入る。“財力に物を言わした富豪 ”そう捉えてはただのサクセスストーリーになってしまうが、すべてを手に入れたかに見えた彼が挫折する場面は、彼を表現するうえでも理解するにも重要なところだろう。最愛のキャサリンとの別れ、XF-11偵察機の墜落による瀕死の重症。さらに戦時中の汚職の容疑で告発されることになる。もっとも告発を受ける要因であり、すでに無用となった巨大飛行艇ハーキュリーズを完成させるまでがこの作品の意味するところであり、感動を誘う場面であったはず。夢を追い続ける姿は共感できるし、憧れる。しかし劇中では、たびたび精神的な病気が強調されるのが気になるところではある。すべてを表現しようとゆう意図は読み取れるが、実際の人物同様に難解に映る。ハワードは晩年になり航空会社TWAを手放しているのだが、彼が求めたものは何であったのか、はたして映画の中のような飛行機野郎なのだろうか・・・・
 実際のところ、この作品を観なければ名前くらいしか知らない人物であったのだが、史実は時にフィクションを超えたエピソードをつくるのだとつくづく思う。映画の世界に革命をもたらした彼を描くならば、さらなる革命的な映像を期待するところである。いささか物足りなさを感じた。

« March 2005 | Main | May 2005 »